★社協職員レポート
ボランティアセンターの仕事から 〜恩返し〜

 いつも、元気いっぱい訪れるTさん。
 『地域のため!人のため!』時間を惜しまず走り回り、たくさんの人を楽しませてくれます。
 Tさんが、ボランティア活動をするその『きっかけ』を初めて聞く機会がありました。

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 それは、母親を自宅で4年間介護し、最後まで自宅で看取ったこんな経験のお話でした。
50代半ば頃、母親がひどく淋しがるようになり、勤め先まで電話をしてくるようになり、迷った末、退職することにしました。退職し母親の介護に専念し、いくらかは親孝行ができたかなと思っていた矢先に、突然、ベット上でよだれをたらしていたんです…食べ物を飲み込む事も、上手く話しをすることもできなくなってしまいました。



 母親は、認知症、寝たきりの状態になってしまったのです。
 一人っ子の私は、ひとりで判断し、行動しなくてはなりませんでした。
 母親の認知症はどんどんすすみ、娘の私の事は誰だかわかりません。私の夫を自分の旦那だと思い色々と言うため、私の夫は、ムキになって怒ったこともあります。認知症という病気がどういうものかわからずに。


 また、ある人からは、「自分の親なんだからよく看てやれよ」と言われ…ショックでした。
 そのときの私は、円形脱毛症、胃のポリープ、甲状腺等を悪くし、薬を飲みながら、精一杯介護をしていました。 「これ以上、どうヤレッて言うの!」と怒りをおぼえ、自分の気持ちをコントロールできない状態になっていました。
 そんな時、行政やボランティアの人たちが訪ねてきてくれ、悩みを聞き励ましてくれました。
 ときどき、見舞いにくる親戚や近所のみんなが言います。
 「ばぁちゃんと話したけど前と変わらないね。呆けてないね。」って…
 2〜3分話しただけで何がわかりますか!


 自分の娘に「母さん、娘はどこへいったんだよ。呼んできて」と言いますか!
 旦那の名前は忘れ、初恋の人の名前や住所をスラスラと毎日言いますか!
 認知症で脳梗塞だとわかっていても…元気だった頃は厳しかった母…変わり果てた姿…
 私は母に手をあげました。叩きました…介護している者の現実です。
 母を殴ってしまった日も医者に、もう駄目だといわれてから、1ヶ月位意識がない状態が続いたときも、自宅を訪問し支えてくれたのは、ボランティアの人たちでした。毎日!毎日です!
 なかなかできる事ではありません。本当にボランティアの人たち助けてもらいました。


 母親の介護を終え、『今度は私がボランティアとしてお返しをする番!』と考えていたとき、社協から声がかかり、ボランティア活動を始めました。

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 尊敬していた母親が病気になり、懸命に介護をし続け、心も身体も壊れかけていたTさんを受け止め、毎日、はなしを聴き支えとなったボランティアの方々、そして、感謝の気持ちを温かい心とユーモアのセンスをいかしボランティア活動に込めているTさん。
 “寄り添い支える”ということの意味、ボランティアコーディネーターは“人と人・思いをつなげる大切な仕事”だということを教えて頂きました。


   地域福祉推進センター B

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